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エレベータービジネスの未来像
By 染谷 将人
「ハードを低利益で販売し保守で高利益を稼ぎ出す」といったエレベータービジネスの過去の”定石”はもはや通用しなくなってきている。他方、弊社ローランド・ベルガーでは、未来のエレベータービジネスを方向づけるトレンドとして、近い将来「3つの大変化」:①設計見積から納品までのゼロ時間化、②エレベーター稼働・保守のスタンドアローン化、③空間がもたらす新たな価値創出が起こると予測している。
本稿では、これらの変化を中心に、エレベータービジネスにおける未来を見据えた新たな価値提供について論じていく。
従来型勝ちパターン崩壊のおそれ
これまでのエレベータービジネスは、ハードは低利益(場合によっては赤字)で販売して、保守で高利益を稼ぎ出す、複合機に近い収益構造の代表格であった。しかし、この盤石と思われてきたビジネスモデルが音を立てて崩れつつある。
世界的に大手エレベーターメーカーは、中国製を始めとした安価かつ一定の性能水準を有する製品の台頭により、その地位が脅かされている。新設・交換時の安値攻勢に追随できず、ストック台数の積み上げが出来なければ、将来収益獲得に資する種蒔きが十分に行えなくなる。更に、市場成長を牽引する地域が、価格競争厳しいインド・東南アジア等の新興国へと移り変わりつつあることも悩ましい課題に拍車をかけている。
「既存ストックからの利益回収」についても、安価な独立系の保守専門業者の台頭や、高度な技術・修理に対応可能な熟練工の不足が、大きな課題になりつつある。
守り一辺倒ではなく、攻めに転じる上で、Smart Building領域に拡張して事業機会を探ろうとする動きも散見される。その場合、IT/OTに強みを持つ各種テクノロジープロバイダー、空調他周辺のビル関連設備事業者、建設事業者等、競合が多岐に渡る中で、如何にエレベーター事業者としての独自価値を発揮できるかは難題だ。
日本市場に目を転じると、三菱電機・日立・東芝・フジテック・日本オーチスの5強が市場を寡占しており、無風状態に近い。世界的には4強とされているが、日本市場で僅かながらプレゼンスがあるのはOTIS(オーチス)のみで、KONE(コネ)、TKE(ティッセンクルップ・エレベーター)、Schindler(シンドラー)は何れも日本市場は撤退・未参入状態にある。ガラパゴス化されている国内市場に安住してしまっては、気づいた時は手遅れになり兼ねない。
未来を見据えた新たな価値提供
弊社ローランド・ベルガーは、グローバルのエレベーター事業者との議論や他業界のアナロジーも踏まえ、エレベータービジネスにおいて近い将来「3つの大変化」が起こると予測している。これら3つの変化を如何に先取りし、ビジネスモデル・オペレーティングモデルの変革をリードできるかが、将来のエレベータービジネスの勝者を決定づけると確信している。
変化①:設計見積から納品までのゼロ時間化
設計・調達の工夫によるコスト削減(BOM: Bill of Materialsコスト削減)と並び、注文~据付迄のリードタイムを如何に最適化できるかは、エレベーター事業の収益性を大きく左右する。デジタル技術革新も相まって、近い将来、それを限りなく「ゼロ時間化」させることも可能となると大胆に予測する。
既に機械部品の分野では、ミスミがデジタル調達部品サービス「meviy」(メビー)を通じて、見積から出荷まで最短1日を実現しているが、同様の兆候がエレベーター業界でも見え始めている。
例えばデザイン・設計工程では、営業支援プラットフォームを手掛けるZXTechが、顧客にスマートフォンアプリを提供し、仕様に応じたエレベーター種類・装飾を顧客自ら選択できるようにした。結果、デザインを15分で完成させて、工場に直接オーダーを送信する仕組みを構築し、圧倒的な納期短縮を実現している。
また、設計支援シミュレーションソフト“AdSimulo”は、建物のテナントタイプ・フロア数・建物内人口を設定することで、最適なエレベーター構成を導出可能とした。さらに、ゲーム感覚で、待機時間別に色分けされた建物内の乗客やエレベーターの動きを観察しながら、微調整を行うこともできる。そのような設計完了後に、BIM IFC形式でデータダウンロードし、建物全体のBIMに反映することで、設計業務の効率化を図れる。
据付工程でも、Schindlerの“R.I.S.E”に代表される完全自動化で据付を行う技術や、ドローンによる据付・仕上げ・検査を行う事例が次々と発現してきている。現状、据付工程には、シャフトの幾何学的測定・現場工程証明チェックリスト等の様々な検査活動に高度な手作業と貴重な時間が投下されている。それをドローンを活用し、シャフトを遠隔で調査し測定値を電子的に記録することで、最大21~26%の時間短縮と、6~11%のコスト削減を期待可能だ。
これらの技術・取り組みは日進月歩で進みつつあり、設計から据付までの時間が極限まで短くなる未来は想像に難くない。
変化②:エレベーター稼働・保守のスタンドアローン化
エレベーター据付後の稼働段階でも、極限まで人間による操作・管理の手間を排除し、「最適な動き方」をエレベーターが自動判断・自律動作する時代が近づきつつある。
儲け頭の保守領域では、技術スタッフの人員不足が世界共通の課題となっている。IoT化による機器状態の常時監視により、トラブル・保証を予知しながら、配員を効率化する取り組みはこれまでも行われてきたが、足許では、AR(拡張現実)技術を用いた非熟練スタッフの戦力化が進みつつある。非熟練スタッフが対応可能な修繕・メンテの範囲が広がれば、おのずと熟練スタッフはより高度な作業に集中できるようになり、保守ビジネス全体の生産性向上につながる。また、熟練スタッフであっても、マニュアルを見ながら作業するよりも、ガイドを得られれば、個別の作業を迅速化することが可能だ。
Microsoftが提供するMR(Mixed Reality; 複合現実)デバイス“HoloLens”をThyssenKrupp(ティッセンクルップ)の保守技術者が活用することで、従来2時間程度掛かっていた業務を20分程度に短縮するといった事例も現れ始めている。
加えて、Schindlerはデジタルツインに早くから着目し、顧客を含むVC(バリューチェーン)全体をデジタル統合・管理しようと試みている。将来的に、VC全体をデジタル化・可視化・監視・分析し、故障などトラブルが発生する前に、(遠隔操作含む)予防施策を実行する構えだ。
稼働管理の観点でも、「最適なカゴの自動運転」が実現されつつある。「最適」というのは単に人流に合わせて稼働位置を最適化し、エネルギー消費量を抑制するということに留まらない。ビル内を移動する運搬ロボットやビル周辺のモビリティ等の動きも加味し、ストレスフリーの移動・輸送体験の提供へと進化していく。
変化③:空間がもたらす新たな価値創出
エレベーター自体が実現する機能・価値をヒト・モノを“輸送するハコ”と捉えることなく、“価値提供空間”と捉えなおす発想転換にも着目すべきだ。
モビリティ領域では、公共交通機関・移動手段がICT・デジタル技術を用いてシームレスに統合されるMaaS(Mobility as a Service)が近年次々と提案されているが、付加機能として個人の嗜好性・ニーズに沿った飲食店・観光地などの目的地提案や、混雑緩和に資する行動変容を促すクーポン発行機能が盛り込まれることが多い。エレベーター周辺に適応して考えると、ビルテナントの混雑情報提供や、ビルに待つタクシー台数情報提供、そしてエレベーター・テナント混雑緩和に向けた行動変容を促すクーポン発行などが想定される。
更に拡張して考えると、図表4に例示するように、エレベーターの「ボタンを押して」から「移動」し「降車」するまでの乗客体験を「楽しい」「刺激的」な体験に昇華することが求められるのではないか。
既に顕在化している事例で見ても、例えばLG Electronicsは、タイの超高層ビルの展望台エレベーター内に55インチのOLEDディスプレイを56台使用し、最上階に上がるにつれてバンコクのさまざまな景色を映し出せる仕掛けを提供している。1分間の閉鎖空間での乗車時間をストレスフリーとするだけではなく、展望台に向かう高揚感の醸成に繋がっている。
更には、セキュリティゲートや顔認証カメラと連動することにより、セキュリティを確保しつつ、目的階への自動移動、車椅子等乗客特性に合わせた開閉時間・停止階調整など、タッチレス・シームレスな移動体験の提供も可能だ。
上記のような方向性で、新たな価値を創出するには、エレベーター以外の機器・サービス・アプリとの統合が必須となる。その際、物理的に移動空間と時間を司るエレベーターをコントロール可能であることが、同ビジネスを拡張していく上でのパートナーシップ構築においても有効に作用する。
また、新たな価値創出の延長線上に、保守収益に替わるアップサイド収益を獲得する手段を見出すことが、このような取り組みの持続的提供可能性を高めていくこととなろう。
エレベータービジネスの未来を捉えた勝ち残りに向けて
これまで論じてきたように、エレベータービジネスの未来像を見据え、グローバル大手事業者は虎視眈々とビジネスモデルの変革準備やそれに向けた技術投資・アライアンス等を進めている。
ライフタイム全般の導入・運用コストを如何に極小化できるか、単なる“輸送のハコ”を超えた価値創出を実現できるか。寡占市場に安住することなく、日本発の次世代型エレベータービジネスモデルが矢継ぎ早に産み出される状態の実現を期待したい。