

中国化学産業の現状と日本企業への示唆
By 三輪 政樹
設備投資を加速化させる中国企業に対して、日本企業はどう備えるべきか
中国化学産業には売上高2,000万人民元(約4億円)以上の企業が約25,000社存在し、社数は増加傾向にあり、加えて固定資産投資額も継続的に増加傾向である。要因としては、地方政府の意向を受け国有企業が安易な判断での設備増強を繰り返してきたことが挙げられる。また、多数の民間企業を見ても、個々の高付加価値化余力は乏しく、設備増強投資に傾斜している。従い、国有企業、民間企業共に設備増強への投資が過熱気味と言える。実際、設備稼働率は下落を続けているが、増え続ける設備に対して稼働率を高めるために必要な輸出は、各国のアンチダンピング措置と脱炭素関連政策により阻害されている。
上場している化学企業345社の平均純利益率は長期的に下落傾向であり、直近23年は2.3%まで下降。但し、このような状況においても、経済への影響(税収、雇用等)を懸念する地方政府の意向から、工場の閉鎖を伴う生産能力削減に踏み切る気配は当面起こり難い。
日本企業にとっては、中国産の余剰製品によるグローバルでの低価格攻勢・海外輸出は各国政府の阻害があれど、今後も続くという前提を持つことが大切な状況。その上で、価格競争力を磨き、コモディティ品で勝負ができる体制を築くか、技術を磨き更なるハイエンド領域に染み出していくか大胆な方向性へのシフトが期待される。
中国化学産業を取り巻く状況と方向性
中国における石油化学産業は成長を続けているが、企業数や生産設備も同様に増加を続けており、供給過剰が指摘されている。直近においても、固定資産投資額は2020年の2,140億ドルから2023年には3,300億ドルまで増加している。
売上高2,000万人民元(約4億円)以上の企業の総収入は2017年から23年で33%増加したが、企業数の増加により、1社あたりでは22%の増加にとどまっている。斯様な状況下で、各企業の投資方針としては、高付加価値化への投資も一部で積極的になされているも、全体としては必要以上に規模拡大が重視されている。

この背景には地方政府の意向がある。具体的には、慢性的かつ深刻な財政難に陥っていること、斯様な状況に置かれた地方政府の幹部の成績評価において経済成長や雇用の増加が非常に重視されていることから、地方政府は、既存工場の事業の高付加価値化よりも容易に状況を改善させることが可能な、企業誘致・既存工場の設備増強を優先して推進している。この影響により、地方には次々と小規模企業が設立・誘致されるとともに、土地の許認可や低利の銀行融資に関して地方政府の後押しを特に受けやすい既存国有企業は、安易な判断での設備増強を繰り返している。
企業数では多数を占める既存民間企業は、限られた大手を除けば個々の規模が小さく、高付加価値化に向けた個社単体での技術開発力には限界がある。規模に勝り研究開発体力があるはずの国有企業が規模拡大に走る中、中小民間企業も、生き残りをかけ短期収益を犠牲にしながらでも設備増強に投資しているのが現状である。
さらには中央政府も、高付加価値化の旗を振ってはいるものの、同時にサプライチェーンの安全性重視による化学物質の自給率向上も掲げており、このことも設備投資の増加を後押ししている。 以上の要因により、国有企業、民間企業共に、必要以上の設備増強投資が続く構造が発生してしまっている。 結果、設備稼働率は2021年の78%から23年に75%まで下落を続けており今後もその下落が当面続く見込みである。

増え続ける設備に対し稼働率を高めるためには輸出が不可欠だが、各国のアンチダンピング措置や脱炭素関連政策が障害となっている。特に対アメリカではトランプ政権の復活により、第1次政権同様に中国の化学品に対する関税を引き上げのりリスクがあり、更なる苦難も想定される。
企業の業績傾向
上場している化学企業345社の業績に鑑みると、供給増と需要減により、業績は厳しい。2010年の平均純利益率7.7%から23年は2.3%まで下降を続けている。過剰設備投資が収益性に負の影響を与える悪循環が、2020年以降の直近でも発生している。
高付加価値化ではなく過剰な設備投資に走り、激しい同質競争が発生していることは、中国の化学企業のマージンの85%が±1標準偏差の範囲内に収まっていることからも読み取れる。

このような状況から、過去5年間では、8~23%の企業の業績が実際に不採算となっている。

しかし、上場345社の売上の約半分を担う国有企業にとり、中央政府や地方政府の政策優先事項の達成は、利益確保と同等あるいは上回る優先事項である。特に地方政府にとっては、地元の雇用・税収にとって欠かせない工場の多少の不採算性は、当該工場の閉鎖を伴う生産能力削減圧力にはならない。中央政府による圧力をうけて国有企業が自ら削減に動くケースも存在するが、設備増強の動きを打ち消すには至っていない。
廉価な中国産品が日本含め世界市場を脅かしているが、その価格の低さは必ずしも中国企業の生産コスト効率面での優位性に全て起因しているのではなく、彼らも過当競争の中で利益率を限界まで削り、低収益性に苦しんでいるのが実態である。
日本企業への示唆
以上の中国化学産業の動向を踏まえると、中国企業の過剰生産によるコモディティ品を中心とした過剰供給とそれによる低価格攻勢、輸出攻勢は、今後も続くと捉えるべきである。従い日本の化学企業は、この状況を前提とした、以下2つのいずれかの事業ポートフォリオを構築すべきである。1つは、技術の更なる磨き込によるハイエンド領域への染み出しであり、これが基本戦略だ。しかしながら既存事業に中国産品と競合し得るコモディティ品領域が存在する場合には、十分な価格競争力を確保する必要性を直視し、国内同業とのもう一段の提携・統合といった対応策が期待される。