昨今需給の逼迫などで注目が集まる半導体業界は、COVID-19の世界的流行によるサプライチェーンの大混乱や各産業界における需要の高まりに加え、主要各国の思惑うごめく政策などの大きな影響を与える要因が複雑に絡み合う中で、一つの変曲点を迎えているとローランド・ベルガーは見ている。本稿では、開発競争で鎬を削る最先端ノード領域を中心に、各国のVC上の強みについて、過去経緯を踏まえながら詳述したうえで今後日本が取るべき方向性を考察する。
変曲点を迎える半導体市場 第1章
By 時 隽
ローカライゼーションとサプライチェーン再構築の動き
昨今需給の逼迫などで注目が集まる半導体業界は、COVID-19の世界的流行によるサプライチェーンの大混乱や各産業界における需要の高まりに加え、主要各国の思惑うごめく政策などの大きな影響を与える要因が複雑に絡み合う中で、一つの変曲点を迎えているとローランド・ベルガーは見ている。
本稿では半導体業界の変化について、以下3つの要因にフォーカスをあてて全3章に渡って論ずる。
1.ローカライゼーションとサプライチェーン再構築の動き
2.バリューチェーン(VC)上における主要各国の強みを活かしたポジショニング争い
3.主要5か国・地域における政策動向とその狙い
半導体業界の再構築
これまでも好不況のサイクルを繰り返しながら順調な拡大を遂げてきた半導体業界は、昨今の技術競争の激化に加え、COVID-19の世界的な流行やロシアによるウクライナ侵攻といった世界情勢の影響を受け、構造変化を起こしている。本稿では、世界の半導体市場の動きを踏まえ、業界展望を考察する。
市場の成長とサプライチェーンの逼迫
半導体市場は2018年に過去最高額を記録し、一度落ち込みを見せたものの2021年には同水準を超える規模の約4,630億ドルにまで回復した。また、足許2年間は成長鈍化が見られるものの、2024年頃の回復が予測されている。尚、主要企業各社の減産や遅延の動きなどを踏まえると、従来見通しよりも遅い2025年頃に復調に転じる可能性もあるとローランド・ベルガーは見ている。
2019、2020年に見せた落ち込みからの急回復に大きく寄与したのはCOVID-19によるコンシューマー市場の特需だ。足許2年間はこの特需が一巡し落ち着いたこともあって成長鈍化の傾向にある一方、to-B市場はCOVID-19による影響が比較的少なく堅調に推移してきており、市場全体としては、コンシューマー市場や5G・急速充電機等の需要増を背景に順調に拡大していくことが予測されている。
また、供給側に目を転ずると、各企業ともに拡大する需要にこたえるべく製造キャパシティの強化を急いでおり、2024年頃の市場回復に向けた環境整備が進んでいると言えるのではなかろうか。
ここで、市場動向の中でも特に半導体不足という事象を見るにあたり、ノードサイズの違いにフォーカスすることも重要であることを改めて補足しておきたい。
業界別売上に目を向けると、自動車市場の62%、産業機器市場の57%をアナログ半導体とMCU(マイクロの一種)が占めることがわかる。米国商務省によると、今回特に需給が逼迫したのは、まさにこれらのレガシーノードのロジック、アナログ半導体等が中心であったと報告されている。
簡単に経緯を振り返ると、米中対立に起因する中国経済の停滞によって、2019年に中国の自動車販売台数が減少に転じたことを受け、半導体業界では生産や投資を絞る動きが見られた。そこにCOVID-19が既に減少傾向にあったレガシー半導体需要を一層減少させることとなった結果、半導体メーカー各社が生産キャパシティを対照的に需要が伸びるコンシューマー市場に振り向ける動きを引き起こした。
背景には、最先端ノードの開発が進む中で、半導体メーカーはレガシーノードへの投資を拡大する判断をなかなかできなかったという意思決定の難しさに加え、製造装置の流通という観点からも、レガシー半導体製造用の150-200 mmに対応した製造装置を中国メーカーが確保する動きを強めたために調達が難しくなり、結果的にレガシーノードの製造キャパシティの急激な拡張は非常に困難を極めたという事情もあった。
また、米国のCHIPS法は米国半導体市場の後押しのために総額527億ドルの支援金を投入するとしているが、レガシー半導体に対しては20億ドルあまりの支援に留まるようである。また、European Chips Act(欧州半導体法)も予算や指針が不明確で自動車・産業用機器業界を悩ますレガシーノードの不足解消にはあまり効果が期待できない。このように公的支援策にあまり期待できない状況での需給逼迫の解消は一筋縄ではいかないと推察される。
斯様な状況下、メモリ市場では生産キャパシティの成長が需要の成長を上回る推移を見せる一方、アナログ・ロジックでは需要拡大に生産能力が追い付いていない実情が見て取れる。今後の市場展望の見極めには、需給バランスの様相をはじめとする夫々の半導体種別・ノード別の特徴を踏まえた分析が重要となるだろう。
半導体サプライチェーンに影響を与える国際情勢
さて、サプライチェーンに影響を与えた国際情勢に視点を移すが、昨今の動きの中で最も影響を与えた要素の一つがCOVID-19であることに異論はないと思われる。半導体需要を増加させた一方、2019年頃から各地のロックダウンによるロジスティクスの乱れや工場の稼働停止による納期遅延の多発など、供給側には大きな混乱をもたらした。特に、中国に工場を置く半導体企業はこれらへの対応を余儀なくされた。
また、ロシアによるウクライナ侵攻もサプライチェーンに影響を及ぼした。ウクライナは、半導体製造工程においてウェハに回路を焼き付ける「露光」に用いるネオンガスの70%を生産している。このネオンガスはロシアでの鉄鋼製造の副産物として出たガスをウクライナで精製して製造するため、両国の協力体制がない限りは生産が困難であった。
このような混乱を受け、これまで世界各地が繋がることで構築されていたサプライチェーンが抱えるリスクが一気に顕在化することとなった。その結果、各国が原料・部品の調達から製造、物流、販売に至る一連のサプライチェーンをできる限り自国内で完結させようとするローカライゼーションの動きが出てきている。
サプライチェーン再構築を加速させる米中政策
改めて言及するまでもないが、半導体は「産業のコメ」と言われるほど幅広い分野のあらゆるものに使用され、産業の基盤を担っており、それが故に、半導体分野でリーダーシップを獲得することは自国の産業発展において非常に重要であり、主要各国は当該産業の保護に躍起になっている。
中でも最も力を入れているのが、米国と中国だ。米国は年々半導体製造市場におけるシェア低下への懸念に加え、COVID-19による調達の乱れへの対応の要請や対中国を念頭に置いた国防の重要性の高まりを背景に自国内でのサプライチェーン再構築を急いでいる。同国は、Huaweiへの半導体輸出制限を皮切りに、政府主導で半導体業界におけるリーダーシップ奪還を目指す動きを活発化している。2022年8月にはCHIPS法を成立させたが、同法は5年間で半導体関連産業に約527億ドルの支援を提供することと引き換えに、支援対象企業には中国における半導体製造設備投資等を10年間禁止するといった対中国を非常に意識するものとなっている。
他方、中国は従来から半導体の自国製造を志向しており、2015年に公表した「中国製造2025」では、「2025年までに半導体自給率を70%まで引き上げる」と宣言をしていた。そのうえ、米国から前述の措置を取られたことで、半導体最先端技術をさらに重視する傾向にある。約1,400億米ドルの投資を計画しているとの報道もなされているように、国外からの供給に頼っている最先端半導体の自国生産を進めているようで、実際、2021年にはSMICが7nm下の最先端半導体製造工程を確立したとされている。
米中の背中を追う日韓政策
翻って、半導体を国の主要産業の一つに据える日韓両政府は米中の動きを受け、ローカライゼーションの動きを見せる。
Samsung・SK hynix等の有力企業を有する韓国は、「半導体超強大国達成戦略」を策定し、国内企業による半導体関連投資を推進すべく、インフラ関連の規制緩和や税制優遇支援、人材育成や新技術の開発支援を行う。上記のような積極的な施策が奏功し、自国内調達の動きは非常に高まっている。
日本政府は米国等有志国と足並みを揃える形でサプライチェーン再構築を目指しつつ、競争力強化を図る方針だ。日本は自国内における半導体の売り先が米中と比較すると相対的に少なく、自国内でのバリューチェーン完結は難しい。そのため、欧米諸国や韓国・台湾と連携することを通じ次世代半導体の開発やユースケース創出を狙っている。また、段階を踏んで着実に競争力を強化することで2030年には半導体産業の売上高15兆円(’20年比で約3倍 )への引き上げを狙っており、その初期段階として、LSTC(技術研究組合最先端半導体技術センター)とRapidus(ラピダス)株式会社が新たに設立された。Rapidusは、2022年8月に2nm以下の先端ロジック半導体の量産を目的にトヨタ・ソニー・NTT等の出資のもと設立されたが、技術面では米IBMと提携しており、後工程への展開も視野に、国産ファウンドリとしての事業化を目指すとしている。
決して安泰ではない半導体産業強化への道
さて、本稿冒頭に言及したとおり、COVID-19で混乱した市場は徐々にではあるものの平常への回帰、再成長の兆しを見せ始めている。また、ロシアのウクライナ侵攻により生じた原料調達問題に関しても、発生直後はサプライチェーンの混乱を招いたものの、従前より各国が進めていた備蓄や国産化(検討開始を含む)等により本事象への対応を進めているようである。
但し、官民双方が半導体産業強化に向けて動く日本にとって、産業強化への道は決して安泰ではない。政府の支援や投資金額を見ると米中には劣っており、最先端テクノロジーノードの半導体製造は各国がまさに鎬を削る最中であり、競争の激化は避けられない。斯様な状況下では民間企業各社による努力にだけでなく、政策での支援も欠かせない。(各国政策に関しては第三章にて言及する)
また、米国を筆頭に各国がエコシステムを自国内に閉じようとする動向には常に目を光らせる必要がある。日本の各社も他国企業と技術供与等で連携することが今後多く発生すると思われるが、当該連携はユースケース創出や先端技術開発において必須であると同時に、一定の訴訟リスクを内包するものであることは理解しておくことが重要だろう。各国が相互に依存・協力する現状に鑑みると、急速な鎖国化や国家を横断する形での提携の解消が今すぐ生じる可能性は高くはないと思われるが、一国あるいは有力企業一社への依存はリスクであり、冗長化を要する。
重ねて、日本の半導体産業の弱みの一つに最終顧客の細かなニーズを拾えないというものがあった。半導体製造工程のうち付加価値が低い後工程は、人件費の安い台湾や中国で実施するのが一般的であり、結果的に、最終顧客と日本企業の間に距離が存在したことに起因してきた。但し、前工程の重要性が非常に高い現時点においては、前工程の開発から製造に係る部分を自国内で確立することが喫緊の要取組み事項となるだろう。
今後、最新技術開発や製品付加価値向上に向け、国内外のアプリケーション企業のニーズを踏まえた開発・製造方針の策定が求められるため、グローバルのニーズトレンドにアンテナを張りつつ、消費市場の動向を含め、米中の動きを先読みした立ち回りが必須となるだろう。また、自動車OEMやEMS事業者による生産量確保や高付加価値半導体そのものの内製化を企図する動きが見られる中で、既存プレイヤーではない顔ぶれによる半導体業界変革の可能性もあると見るべきではないか。
(次章に続く)
共著:兼子佑樹