昨今需給の逼迫などで注目が集まる半導体業界は、COVID-19の世界的流行によるサプライチェーンの大混乱や各産業界における需要の高まりに加え、主要各国の思惑うごめく政策などの大きな影響を与える要因が複雑に絡み合う中で、一つの変曲点を迎えているとローランド・ベルガーは見ている。本稿では半導体業界の変化について、以下3つの要因にフォーカスをあてて全3章に渡って論ずる。
変曲点を迎える半導体市場 第2章
By 時 隽
主要各国・地域のポジショニング争い
半導体市場におけるポジショニング争い
第一章では、半導体種別やノードサイズ、用途市場に着目し、利用状況や需給バランスが異なることに触れ、半導体市場に現在進行形で生じる変化に言及した。
市場全体を概観するだけでなく、各国(地域含む)の動きにフォーカスすると、バリューチェーン(VC)上の各種業態に夫々が三者三様の強みを有することが見えてくる。本稿では、開発競争で鎬を削る最先端ノード領域を中心に、各国のVC上の強みについて、過去経緯を踏まえながら詳述したうえで今後日本が取るべき方向性を考察する。
ファブレス業態に依然として優位性を有す
米国はファブレス業態で64%のシェアを占め、特に水平分業が最も顕著なロジック半導体市場の34%を同国ファブレス企業であるBroadcom、Qualcomn、NVIDIAの3社が占める(’20年時点)。’90年頃に始まる水平分業を牽引したのが米国スタートアップであり、以降米国ではファブレス業態が成長してきた。’85年にQualcomn、’93年にNVIDIAがシリコンバレーで設計特化のスタートアップとして起業され、台湾ファウンドリのTSMC(’87年設立)に製造を依頼する形でロジック半導体市場に参入した。
’90年代中頃から先進国で普及し始めた、PCに搭載されるSoC(システムLSI)は多品種少量生産が求められるため莫大な投資を必要とし、一社での設計・製造両面への投資には限界があった。斯様な構造的問題を背景に、設計特化のファブレスと製造特化のファウンドリが夫々が専門とする工程に投資を集中させることで効率的に技術水準を高めるとともに、シェアを高めていくことに成功した。
2000年以降、携帯電話への搭載によってSoC市場の成長率はより高まり、多品種少量生産向けの開発競争は激化した。’08年にはIDMの形態を保っていたAMDも製造部門の分離を決断し、ファブレス企業化を果たすとともに、同社製造部門から分社化する形でGlobalFoundriesはファウンドリとして成立した。
以上のように、ファブレス業態において米国企業の隆盛が目立つものの、台湾のMedia Tekは’20年のロジック半導体市場で9%(5位)、Huaweiの半導体設計子会社であるHiSilliconが6.7%(6位)のシェアを有するなど他国勢の健闘も伺える。前者は2008年頃からシェアトップ5前後に位置し、後者はHuaweiの成長とともに’10年代に台頭してきたが、両社ともにQualcomn等の上位3社を脅かすほどではなく、米国の優位性は継続していると見るのが妥当であろう。
加えて、米国はHuawei への禁輸措置やCHIPS法によって自国内の技術開発を高めると同時に、中国の台頭を牽制する動きを強めている。実際、中国のHiSilliconはTSMCに最先端チップの製造を委託できないうえ、国内に最先端チップ製造が可能な製造装置もファウンドリも存在しないという事態に陥っている。故に近年成長著しい中国であっても順調な成長は見込み難く、米国のファブレス業態における優位性は維持されると推察できる。
ファウンドリ先駆者として絶対的な地位を確立
対照的に、ファウンドリ、OSAT領域は台湾企業がシェアトップに軒を連ねる。ファウンドリでは、SMCやUMCを擁する結果、67%のシェアを、OSATでは35%のシェアを持つ(’20年時点)。
台湾では、’70年代に米国からICの設計・製造技術を導入し、IDMの育成を始めたものの技術的な差はなかなか埋まらなかった。そのような中で’87年にTSMCが世界初のファウンドリ企業として設立され、当初はIntel等IDMやQualcomn等ファブレススタートアップの製造委託を受け成長した。特に2000年以降、前章にて言及のとおり、SoC需要の急速拡大を背景に、ファウンドリ業態の先駆者として技術投資を行っていたTSMCは2008年には同市場の50%を占有した。
台湾の強みの一つは、圧倒的な地位を確立したTSMCの存在である。TSMCは先端ノードの製造工程に莫大な先行投資を行い、約2年の間隔で次世代ノードの量産化技術を実現してきた。TSMCを始めとするファウンドリ各社は’11年から’22年で約4~5倍に研究開発費(実費)を拡大してきたが、累積額で比較するとTSMCは他社比6~7倍と他を寄せ付けない規模の投資を行っている。また、開発した技術は特許出願と訴訟によって守り、先行者利益を確固たるものにしている。
更に近年、ファウンドリにおいて絶対的な地位を保ちつつも、ファブレス市場でも台湾企業が躍進している。Media Tekは2000年代から成長した中国国内の携帯・スマートフォンメーカー向けに汎用ロジック半導体を供給することで成長し、’08年頃からシェア上位に位置している。また、TSMCやUMCと設計・製造ノウハウの面で連携することで、相互に技術水準を高めあっている。
既に台湾はファウンドリ業態の先駆者として絶対的な地位を築いていると言っても差し支えないが、TSMCの工場を米国を含む各国が誘致しようとする動きがある中で、設備投資を抑制しつつ生産能力を増強することが可能であり、一層のシェア拡大も想定される。また、生産拠点が全世界で分散しても尚、研究開発自体は台湾で行うと推察されるため、技術的な優位性が揺らぐとは考え難い。それ故、今後もファウンドリにおける覇者的地位は継続すると見てよいだろう。
ファウンドリ・OSATに強みを有するも先端領域の先行き不透明
中国は、ファウンドリで5%、OSATで19%と、台湾に次ぐ形で一定のプレゼンスを有する(’20年時点)。
’80年代以降、初めてIDM育成を目的とした国内企業支援施策を始めたものの、他国との技術的な差が埋まらず挫折した。2000年頃より人件費の安さに着目した外資IDMの工場移転・合弁設立・スピンアウトが増加したこともあり、技術移転が比較的容易と見込まれるファウンドリ・OSATに注力し始めた。
類似する経緯・特徴を持つ台湾と異なる点は技術力のフォーカスポイントにある。台湾はTSMCを筆頭に最先端ノードにおける製造能力、技術力を強みにしているが、中国のSMICの微細化技術は、TSMCと比較して2世代程度(約4年)劣後すると報道等では言われてきた。それゆえにレガシープロセスの技術を成熟させることに注力し、一定のシェアを確保するとともに、前工程ほど複雑なプロセスを有さないOSATでは台湾に次ぐポジションを確保している。
また、ファブレス業態のHiSilliconは’10年代に台頭し、’20年にはロジック半導体市場で7%、6位の座についた。これは、Huaweiの設計部門子会社として技術開発に投資し、主に親会社のスマートフォン・PC向けの納品を通じて急成長したためである。
ファウンドリ・OSAT以外の領域での急成長も見受けられるものの、米国の半導体政策が非常に大きな足枷となっている。Huaweiへの半導体輸出制限及びCHIPS法により、海外の高品質なハイエンド向け材料(基盤等)や製造設備を入手できない状況に追い込まれ、TSMC等海外の先端ファウンドリへの製造委託も困難なことから、先端半導体の生産が実質的に不可能になった。斯様な状況を踏まえ中国は、先端半導体の製造を諦め、レガシープロセスやパワー半導体の次世代素材の研究に傾倒しつつあるがポジショニング争いにどのように絡んでくるか注視が必要であろう。
材料・製造装置領域における存在感を保つ
日本は米・台と異なり、VCの中で材料・製造装置に強みを持つ。過去、日本は官民連携で開発を推し進め、1980年代にDRAMにおいて世界シェアトップを米国から奪取した時期もあったものの、日米半導体摩擦や国内の不況を端緒に製造領域では衰退が見られた。一方、信越化学やJSR等の素材メーカー、東京エレクトロンやSCREENホールディングス等の製造装置メーカーは’70~’90年代に海外展開を進めたことで、国内半導体メーカーの衰退に影響されず伸長した。結果、材料で38%、製造装置で32%と高いシェアを有する(’20年時点)。
材料は単体ではなく材料同士の相性によって半導体の総合的な品質が決定することもあって顧客の要求水準に達するためにステークホルダーとの擦合せが重要であるが、日本の半導体材料メーカーは他材料メーカーや製造装置メーカー、顧客との密なコミュニケーションを通じた擦合せを丁寧に行い、顧客が求める水準をクリアしてきた。また、材料変更に際しては大量のシミュレーションを要することとなり、結果的にスイッチングコストは高くなるという事情もある。斯様な状況が絡み合うことで、ウェハ、EUVレジスト、CMPスラリ・パッド、ボンディングワイヤ等の幅広い材料で過半数近いシェアを獲得し、今なお一定のプレゼンスを有する。
他方、製造装置に関しては、プロセスが多く複雑な中、回路の精緻なパターニングに直結する前工程のレジスト塗布や露光、エッジング工程、洗浄工程で、米国・オランダとともに高いシェアを誇る。
各工程におけるシェア推移を見ると、日本は露光装置でシェアを落としたことがわかる。その背景には、オランダのASMLがTSMCやIMEC加盟企業と微細化(2nm)を見据えた共同研究を積極的に行い、最新型の露光装置を開発したのに対し、日本勢は技術力の高さから自前主義を貫いた結果、既存技術の延長線上での開発に終始することとなり、技術革新をリードできなかったという対照的な取組み方針の違いが存在する。一方、コータ・デベロッパ、洗浄装置等で特に高いシェアを維持しているが、これは、液体を使う、ウェハの3次元回転が必要など、細かいパラメータの調整が必要な領域であり、材料と同様、「擦合せ」を丁寧に行う日系企業の強みが優位性として作用したためと言えるだろう。
今後日本が注力すべき方向性
本稿で既に言及したように、各国・地域が注力する最先端半導体の開発・製造で地位を確立するためには、日本の強みが活きる領域を模索する必要がある。やはり先端技術の開発競争が先行しているのはロジック半導体であり、高速な演算や消費電力低減のための微細化技術の実現に向けた競争は激しい。但し、微細化の物理的な限界を唱える声もある中で、立体化(3D化)や化合物半導体といった方向での進化も進むと見られる。
微細化に関しては、前述の通り、材料や前工程のコアプロセス製造装置において日本企業が高いシェアを保有しており、製造においてもNANDメモリシェア2位のキオクシアを国内に有することから、共同研究による技術開発に一定の優位性を見出せるのではないだろうか。また、3D化の技術開発も環境は整っている。TSMCが2022年6月に「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」を茨城県つくば市に開所した。後工程の3Dパッケージ技術の検証開発ラインを設置し、信越化学やレゾナック(旧昭和電工)、ディスコ等、日本の材料・装置メーカーをパートナー企業として開発を進めていくとされている。3D化により後工程の緻密化、複雑化が予想され、素材・装置メーカー同士の共同開発がより重要性を増す中、上記TSMCの動きは日本の素材・装置メーカーにとって有利に働くと見ることができるだろう。
半導体材料・装置における強みは持続すると考えられる中で、それをメモリの微細化・3D化開発で活かしていくことが一つの生存戦略と考えられる。しかし、前稿で見た通り、ローカライゼーションの動きがある中で、各国・地域の特にロジックと微細化プロセスに対する政策・投資動向を継続的に注視することが今後とも求められるだろう。
(次章に続く)
共著:兼子佑樹、玉置彩乃