建機・農機の電動化ポテンシャル
By 五十嵐 雅之
国内プレイヤーによる市場創造期待
電動化市場拡大の兆し
電動化建機・農機市場は、すでに世界で1兆円規模にまで達していると言われている。市場成長を牽引しているのは、鉱山向け油圧ショベルやダンプトラックだ。資源バブルに伴い大手鉱山各社の投資余力が潤沢な状況に加えて、脱炭素に向けた環境対応の社会的要請と特定立地内で機械が稼働するが故の給電しやすさが、その成長を支えている。
世界の建機・農機市場は、合計40-50兆円と巨大産業ゆえに、電動化のインパクトはまだまだ大きくはないが、今後、年率20%を超える高成長が見込まれている。機械稼働時のクリーンな排出、低騒音ゆえの稼働時間帯延長・工期短縮、ランニングコストの低下など、時代の流れに適合した利をもたらすためだ。これから、建設現場で用いられる一般建機や農業機械の需要も、徐々に拡大していく機運が高まってこよう。とは言え、課題も山積しており、特に給電インフラとイニシャルコストの問題は想定以上に重く圧し掛かっている。
重量物を運んだり、土砂を動かしたりする建機・農機が必要とするエネルギー量は、電気自動車(EV)の比にならない。EV黎明時にも、よく議論になったが、エネルギー量を増やすべく大きな蓄電池を積めば、重量・コストが負担となり、経済合理性が余計成り立たなくなる。であれば、小まめに充電するか、電源につないだままにするかとなるが、建設現場や農地では実用性に欠く。更にいえば、建設現場の多くは、諸手続きが必要となるグリッドから仮設電源を整備していないケースも多いし、そもそも大型建機が必要とする電力(kW)にも対応できないことも多く、給電インフラは大きな障害となる。
また、電動化建機・農機の本体価格も、従来燃料タイプのものと比べて未だに高額だ。弊社が行った試算によれば、2025年頃になったしても、建機の例で、小型で+50%弱、中型はほぼ倍額、大型はそれ以上の金額差が埋められないと見通されている。
我が国プレイヤーの潜在的優位性
上述の通り、小型のほうがイニシャルコストのマイナス要素が少なく、TCO(トータルコスト・オブ・オーナーシップ)で相対的なコスト優位性をもたらしやすい。従い、先行する鉱山機械を除けば、環境負荷や騒音といった社会的要請を受けた電動化は、小型建機・農機から段階的に広まっていく公算が大きい。
日本には、建機・農機業界でのグローバルプレイヤーが存在する。コマツは米キャタピラーに次ぐ世界2位、クボタは米ディアと英CNHに次ぐ世界3位。準大手グループにも、日立建機やヤンマーなど複数の有力プレイヤーが存在する。さらに、狭い国土の影響もあり、日系各社は何れも小型領域で強みを持っている。特に、農機の世界では、100馬力前後を境に、欧米メーカーと日系メーカーが棲み分けられており、一部大手欧米メーカーの中小型トラクタは日系メーカーから供給されたOEM製品となっている。
かつて、世界発の量産型EVは、日本の三菱自動車から誕生した。残念ながら、日本がEV先進国とはならずに、今や欧米中の後追い状態にまで陥ってしまったが、二の轍を踏まずに、建機・農機領域では、電動化先進国として発展することはできないだろうか。
日系プレイヤーの羅針盤
世界的に脱炭素が脚光を浴び、電動化建機・農機に成長期待が高まるなか、日系プレイヤーがイニシアティブを発揮することは容易ではない。だが、十分にチャンスがあると確信している。そこで、今後10年間、投資発想を持って、明るい未来をもたらすための日系プレイヤーの羅針盤を最後に示したい。
1.ユースケースの量産化
前述の通り、電動化建機・農機はイニシャルコストが高額である。ランニングコストが低いと言えども、実用面の課題も多く、普及は一筋縄ではいかない。政府による規制強化や補助金に頼るというのも常套手段だが、それだけを待っていては、EV同様、知らぬ間に日本がまた電動化後進国状態に陥りかねない。
この点については、今後10年は耐え忍ぶ覚悟で、多種多様なユースケース創出に向けた投資を行ってはどうだろうか。その際、完全電動化を目指さず、従来型との最適な組合せを模索すべきと考える。残念ながら、電動化が本質的に向かない用途・機器・サイズも多数存在しており、組合せの最適解を導きだすうえでも、ユースケースの量産化は避けては通れない。
欧州でも様々な試験展開がなされているが、例えば、建機でいえば住宅建設用途は電化に向くとされ、電動化活用が有力視されている用途の1つだ。日本は、戸建ての注文住宅が多く、且つ騒音への配慮も必要な国柄ゆえ、電動建機を用いた多種多様なユースケースを創り出すことも可能といえる。農機の世界でも、大型化が進む一方で、営農のデジタル化が進んできている。もともと活用が進んでいた小型農機の電動化との組合せにより、高度な営農管理が可能なだけでなく、農作物の環境面での付加価値向上の道筋も見えてくる。足許では、電動化農機も欧州市場が先行しており、欧州も併せてユースケースを積極的に創出していく発想も求められる。
2.機器・インフラのセット供給化
従来型の建機・農機は、軽油・ガソリンを燃料として駆動するため、これまでエネルギー源を意識する必要はなかった。電動になれば、給電・充電設備やバッテリーマネジメントといった新たな要素に対応が必要となる。さらに中長期的には、中大型建機・農機向けの水素供給インフラも必要になるかもしれない。現在、自動車OEMが対応を進めているように、EV販売時に、電動化に要するインフラも併せて供給できる仕掛けが、早晩、建機・農機プレイヤーにも必須となっていくだろう。自動車の世界で、バッテリー回収・リサイクルに商機を見出そうとしているとの同様、負荷増大と捉えずに、ビジネスチャンス獲得に向けた複合型展開の検討着手をいち早く行うべきではないだろうか。
3.新たな経済価値の創出
最後の視点は、電動化によって得られた利を経済価値に転換することの重要性を意味する。長い目で見れば、従来型建機・農機を上回るTCOが実現できる日も到来するだろう。だが、電動化によるCO2削減といった直接的なインパクトに加えて、環境ブランディングによるプレミアム価格の獲得など、新たな経済価値創出が現状では極めて重要になる。何処まで、建機・農機プレイヤーが踏み込むべきかは議論が分かれるポイントだが、少なくとも新たな経済価値につながる指標を測定して可視化できる仕組みを構築し、プラットフォームビジネスに昇華させるまでは、十分に視野に入れておくことが肝要だ。