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「レッドガス」時代の羅針盤 終章

「レッドガス」時代の羅針盤 終章

2023年4月4日

攻めのデカップリング型グローバル経営モデルに向けて

従来型マネジメント構造の限界

これまで4回にわたり、「レッドガス」時代における製造業・エネルギー企業の変革の必要性について論じてきた。しかしながら、これらの変革への対応を従来型の事業・マネジメント構造で実現することはほぼ不可能と考えたほうがよい。

従来は、無色透明な性能・機能を提供価値として創りこむべく、各製品別の最適解としてのサプライ/バリューチェーンを構成していた。そのサプライ/バリューチェーンの各要素を磨き上げていくことこそが経営・事業の役割であり、それを実現するための垂直統合型事業・マネジメント構造が確立されてきた。

しかし、脱炭素、人道問題など、これまでの性能・機能とは異なる軸で“色分け”がなされつつある中、その提供価値も多元化しつつあり、資源・素材・製品循環に向けた静脈バリューチェーンの形成および動脈・静脈を合わせたエコシステムの最適化も避けては通れない。加え、提供価値の“色”も、地政学的動向や技術進化によって大きく変化しうるため、常に動的な対応が求められる経営・事業環境への変貌を迫られている。

生産・調達コストの極小化や、売り切りを前提とした一方通行のバリューチェーン、モノ軸での効率性を極めた旧来型の経営・事業体制は、これら「レッドガス」時代の経営課題に対応することは想定されていない。昨今はDXを中心とした個別機会・課題を捉えたトランスフォーメーションが脚光を浴びていたが、「レッドガス」時代を迎えるにあたり、さらに一歩踏み込んだ経営モデルのトランスフォーメーションが必須ではなかろうか。

「レッドガス」時代のあるべき経営変革の要点

かかる環境下、“色”の変化に応じた機動力を有する「レッドガス」時代の経営・事業体制を実現するにあたっては、以下の3つを押さえていくことがカギとなる。

1.提供価値ד色”起点でのポートフォリオ改革

ポートフォリオという言葉の接頭辞は、これまで“事業”“製品”といった組織・モノを表すことが一般的であった。しかし、これからは“産業・社会課題”、 “ソリューション”、 “サステイナビリティ”といった提供価値に加え、それらが何色かという観点が極めて重要である。具体的には、元となる資源・製造工程における環境負荷、人道問題・地政学的リスク、経済環境激変の可能性といった色の視点を指す。

2.地政学・エネルギー情勢の変化を機敏に察知するモニタリング体制強化

日本企業の有事の際の判断スピードの遅さは、グローバル経済において致命的な欠陥と指摘され続けてきた。経営・事業に重大な影響を与えうる地政学的リスクや、エネルギー情勢を事前に察知し、迅速な経営判断を促す。また、これらの判断を迅速に営業・生産・調達計画へ反映させる。こうした察知と判断・実行の高速サイクルが、経営・事業の機動力を高めるためのエンジンとなる。

3.レッド化対応を迅速化させる経営・事業のモジュール化

モニタリングに基づく判断の迅速化を行動に繋げるには、各機能・組織がレゴブロックの如く組換え可能であることが必要要件となろう。経営判断に応じ、社内の各モジュールを組み替える。場合によっては外部から調達し、売却する。この柔軟性の担保こそが、実質的な経営・事業の機動力を決定づける。

提供価値ד色”へのポートフォリオ志向の転換により、次世代経営モデルの新たな「型」を創るとともに、変化を機敏に察知する「目」を養うことで、機能・組織という「武器」を自在に組換え、勝ち筋を見出す。これこそが「レッドガス」時代に求められる思考の枠組み(パラダイム)ではなかろうか。

「レッドガス」時代に挑む経営変革の動き

実際、これら「レッドガス」時代に求められる変革を実現し、先んじた優位性を築くべく、一部の企業では、先進的な経営モデルへの移行に向けた取り組みを推進しつつある。

エネルギー大手のBPは2050年にネットゼロ企業となることを目標とする中、これまで1世紀以上続いてきたバリューチェーン別の組織体制を大幅に刷新した。具体的には、顧客視点、脱炭素、イノベーションといった解決すべき課題を主軸とし、「Production & Operations」、「Customers & Products」、「Gas & Low Carbon Energy」、「Innovation & Engineering」の4つに再編した。また、新たな横串組織として「Strategy & Sustainability」を設立することで、各産業課題解決・提供価値追求型組織の活動を、常に“色”を見ながら時流に合った方向へと軌道修正し続けることを狙っている。

また、鉄鋼・産業用機器大手のthyssenkruppは、2020年以降、コーポレート機能を縮小するとともに、各事業部門・地域組織への権限移譲を推し進めた。経営管理の複雑性排除、意思決定の分散化を図っている。さらに、各事業で共通するインフラ機能を、thyssenkrupp Services GmbH と thyssenkrupp Information Management GmbH に統合することで、コングロマリットとしてのシナジーとレッド対応を含めた機動力の両面を追求している。M&A等で買収した企業をこのインフラ機能に結合することで、早期にシナジーを刈り取るという効果もその狙いの一つであろう。

国内企業においても、マネジメント体制変革の取組みは進みつつある。建材・住宅設備機器大手のLIXILは2016年時点で5階層、53名の経営幹部を擁する経営管理体制を敷いていたが、2021年には組織階層を2階層へ減じるとともに、経営幹部も32名まで縮小した。加えて、役員を含めた全管理職の役職を“リーダー”に統一し、組織階層にとらわれることなく、シンプルかつ機動的に活動を行える組織を志向している。地政学的リスクなど環境変化に対する柔軟性を高める組織改革を実践する好例と言えよう。

また、経済安全保障に関する情報収集や地政学リスク・エネルギー情勢の変化を分析することを目的とし、IHIは21年10月に経済安全保障統括部を、日立は22年4月に経済安全保障室を新設した。事業活動に甚大な影響を及ぼす環境変化に対する冷静かつ迅速な判断を行うべく、それを常にモニタリング・察知するといった機能が、今後の組織・マネジメントにおける必須要件となることは間違いない。

これら組織・マネジメント体制の変革は、レッドガスリスクに対する機動力という面だけでなく、戦略策定から実行までの大幅なスピードアップ、先行者利益の享受にも大きく寄与する。まさにこのコロナ禍、地政学的リスクの急速な高まりが、経営モデルの大胆な革新を誘発したといっても過言ではない。

攻めのデカップリング型グローバル経営モデルへの転換に向けた活動の方向性

このような次世代型経営モデルへの転換にむけて、検討すべき事項は多岐にわたるが、現環境下において特に重要と考えられる活動の方向性を最後に列記したい。

1.脱中国を視野に入れた経営・事業体制の再構築

中国の経済成長率の低下、生産コスト増や、習近平政権の台湾に対する強硬姿勢は、中国依存のリスクを益々高めつつある。東アジア情勢が緊迫感を増す中、各拠点の役割やサプライチェーンを総点検し、新たな経営・事業体制に刷新することは、喫緊の検討課題といえよう。

2.国内ビジネスの再強化

今後、先進国を含めて自国第一主義に舵を切る兆候は徐々に強まってきており、長らく続いたグローバル経済の常識が崩壊するリスクが高まっている。資源や国・地域を色分けしながら対処することも勿論大事だが、国内事業を盤石化することが定石として見直される可能性が高い。実際、世界でビジネスを展開する総合商社も、敢えて国内の体制を強化して、投資を増やそうと動きつつある。相対的にコストが安くなりつつある日本という国を捉えなおし、産業再編や生産強化などのビジネスチャンスを如何に掴み取るかという打ち手が重要だ。

3.ビジネスモデルの“グリーン”化

資源調達難だけでなく、環境意識の高まり・強制化は、原材料の血筋、造り方や売り切り後を問われる時代の到来を意味する。さらに言えば、これまで経済合理性が成り立たなかった循環型ビジネスが、知らないうちに高収益・高時価総額を産み出す源泉となっていることさえある。機能・性能価値が飽和する中で、新たな差別化要素として、提供価値のグリーン化をいち早く実現した企業がその果実を得られよう。

「レッドガス」時代を迎える今、攻めのデカップリング型グローバル経営モデルへの転換は必須であり、弊社ではこれらアクションに関わるご支援を数多く手掛けさせて頂いている。早期に同モデルを立ち上げ、レッド化に迅速に対応し、グリーン化を軸とした事業構造上の競争優位をグローバルで獲得することこそが、日本の製造業・エネルギー企業が目指すべき方向性であると確信している。

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